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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)2635号 判決 1976年4月20日

控訴人

甲野太郎

<仮名>

右訴訟代理人

平山林吉

被控訴人

東京高等検察庁

検事長

神谷尚男

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。本件を前橋地方裁判所に差し戻す。訴訟費用は第一、二審とも国庫の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠の提出、援用及び認否は、次に附加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(但し原判決二枚目―記録八丁―表一〇行目に「梅夫」とあるのを「梅子」と改める。)。

一、控訴代理人は、次のように述べた。

(1)  控訴人の母乙山松子<以下すべて仮名>は、控訴人を懐胎した当時亡甲野春男と内縁関係にあつたから控訴人は民法七七二条の類推適用により春男の子と推定される。そしてこのようないわゆる父性の推定を受ける子については認知をまつまでもなく、当然父との間に法律的な父子関係を認めるべきであり、仮にそうでないとしても、このような子については民法七八七条但書の出訴期間の制限は適用さるべきではないから、右期間経過後においても認知の訴すなわち父子関係存在確認の訴によつて法律的な父子関係の確定をはかりうるものである。

(2)  甲野一郎の死後同人の遺産相続についてその妻甲野花子と一郎の養子である甲野秋夫、実子である同梅子との間に争いがあり昭和四一年五月三一日前橋家庭裁判所高崎支部において調停が成立した。右調停には、一郎及び花子の長男亡甲野春男の子として一郎の代襲相続人であるべき控訴人は関与させられなかつた。花子は昭和四五年二月五日死亡し、秋夫、梅子は花子の養子として相続人の地位にある控訴人に対し前叙調停に基づく土地所有権移転請求の訴を提起し、係争中昭和五〇年四月一九日和解が成立した。しかし、右和解に際して控訴人は自己が春男の子であることが確認されていなかつたので自己の法定相続分について法律上の主張をすることができなかつた。現在秋夫、梅子は右和解についても和解条項修正のため控訴人に対し和解条項修正のための即決和解を申し立てようとし、他方控訴人も昭和五〇年一一月一日亡花子の遺言書を発見し、前橋家庭裁判所高崎支部に遺言書検認の審判を申し立てている。右遺言書の内容いかんによつては控訴人が亡春男の子であることの確認と関連し前記和解において定められた権利義務関係につきその変動を生ずることも考えられる。控訴人にはこのように現在親子関係により生じた法律効果につき法律上の紛争があるので、この点からも本件訴につき確認の利益を有するものである。

二、証拠<略>

理由

一当裁判所は、控訴人のなした訴の変更は適法であるとするものであつて、その事実認定及びこれに伴う判断は、原判決がその理由第一項に説示するところと同一であるから、その記載を引用する。

二訴変更による控訴人の新訴は、控訴人は、母乙山松子(旧氏山川)が亡甲野春男と内縁関係継続中に分娩した春男の子であるところ、春男が婚姻届及び認知をなすことなく出征して昭和一九年八月二七日戦死したので検察官を相手方として、控訴人が春男の子であることの確認を求める、控訴人は、右確認の利益を有する、というのである。およそ親子関係は、父母の両者または子のいずれか一方が死亡した後でも、生存する一方にとつて身分関係の基本となる法律関係であり、それによつて生じた法律効果につき現在法律上の紛争が存在し、その解決のために右の法律関係につき確認を求める必要がある場合があり、また戸籍の記載が真実と異なる場合には戸籍法一一六条により確定判決に基づき右記載を訂正して、真実の身分関係を明らかにする利益が認められることはいうまでもない(最高裁判所昭和四三年(オ)第一七九号同四五年七月一五日大法廷判決民集二四巻七号八六一頁参照)。ところで、右最高裁判所判決は、母から死亡した子との間における母子関係存在確認が請求された事案に関するものであつたから、子、しかも婚外の子から死亡した父との間の父子関係の存在確認を求める本件につきそのまま援用することはできない。のみならず婚外の子と父との間の法律的な父子関係は母子関係と異り認知を俟つてはじめて発生し、認知なくしてはいかに父子関係が事実上存在するとしてもこれを法律的な父子関係と認めることはできないと解すべきである。もつとも婚外子であつてもその懐胎当時母が内縁関係にあつたときは民法七七二条の類推適用によりその子は内縁の夫の子と推定すべきものではあるが(最高裁判所昭和二五年(オ)第三二三号同二九年一月二一日第一小法廷判決民集八巻一号八七頁)、その場合でも認知をまつて後その子と父との間の父子関係が生ずるのであり、認知の訴の提起にあたつては当然に出訴期間の制限に関する民法七八七条但書の適用があると解される(最高裁判所昭和四四年(ワ)第七六九号、同年一一月二七日第一小法廷判決民集二三巻一一号二二九〇頁)。これを本件についてみるのに、<証拠>によれば、訴外乙山松子は亡春男との内縁関係継続中に懐胎して控訴人を出産したものであるが、春男は生前松子との婚姻届もせず、また控訴人を認知することもないまま太平洋戦争に出征して昭和一九年八月二七日ビルマ国シーンにおいて死亡したことが認められる。そうとすれば控訴人は一応春男の子と推定さるべきではあるけれども、春男死亡の日から一〇年経過した後においては、もはや認知の訴を提起することは許されず(民法七八七条但書、認知の訴の特例に関する法律一項但書)、これによつて控訴人と春男との間に法律上父子関係を発生させる途は現行法上とざされてしまつたのであつて、控訴人として春男との間に父子関係の存在確認を求める本件訴の利益はないことに帰するというべきである。控訴人が確認の利益があることの根拠として主張する控訴人が教員の職にあることや、控訴人についての戸籍の記載が真実に合致しないことや、控訴人が春男との法律上の父子関係があることを対世的に確認され、右父子関係を形成することが他との財産上の現在の紛争を基本的に解決することになるものであることも、叙上の結論に変りを生ぜしめるものではない。

してみれば、亡春男と控訴人との父子関係存在確認を求める本件訴は、訴の利益を欠く不適法な訴として却下すべきものであるといわなければならない。

二よつて、以上と同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民訴法三八四条に従いこれを棄却すべく、控訴費用の負担につき同法八九条、九五条を適用して、主文のとおり判決する。

(吉岡進 園部秀信 太田豊)

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